南部編コラム28話 野辺地戦争と野辺地城跡

  • 2013.07.27 Saturday
  • 11:44
    


幕末の明治元年9月23日、戊辰戦争の戦いのひとつである野辺地戦争がありました。奥羽列藩同盟として幕府側についていた盛岡藩、八戸藩の連合軍と新政府側についた弘前藩、黒石藩の連合軍との戦いです。

 


藩境の野辺地で行われたこの戦いは弘前藩、黒石藩の連合軍180名が野辺地に向けて攻め入る形で始まりましたが、盛岡藩と八戸藩の連合軍が撃退し勝利しました。戦い自体はわずか一日で終結したそうです。

  


このときに盛岡藩、八戸藩の連合軍が戦いの本陣にしたのが野辺地城跡で藩政時代は代官所があった場所です。野辺地城の起源はわかっていませんが、蝦夷が築いた旧塁を和人が改造して居館としたのが始まりだと考えられています。その後に城が建てられたようです。野辺地城の名は天正20年(1592年)の「南部大善大夫分国之内緒城破却書上」という文書に見ることができますが、図がないため当時の建物の形などは明確にはわかっていません。

 


野辺地は藩境という地理的条件のため、常に軍事的に非常に重要な拠点として位置づけられていました。その役割が幕末まで続くのですが、その間一貫して野辺地城跡が拠点として使われ続けてきたことは、この地がいかに軍事的に優れた地形であったかの証明になるのではないでしょうか。

 
出典:野辺地町史 通説編 第一巻                                        
(サト)