コラム第28話 弘前城下町の職人

  • 2013.06.30 Sunday
  • 00:10


弘前には職種にちなんだ町名が数多く残っています。これは、城下町が建設された当時、町名と同じ職種の職人たちが住んでいたからです。弘前藩の需要を満たすために、職人たちが城下町に集められました。さらに、城下の人々の生活に必要な物資を生産するためでもありました。この職人たちの持ち込んだ技術や文化が、のちの弘前を発展させ、文化都市として発展してゆくのです。

その代表的な人々は、絵師・新井寒竹(あらいかんちく)。定府おかかえの絵師となり、子孫も代々江戸詰めの絵師を務めたそうです。定府とは、江戸時代において参勤交代を行わずに江戸に定住して将軍や藩主に仕える者をさします。他に、紙漉師・今泉伝兵衛、金具師・正阿弥儀右衛門、瓦師・大阪久三郎、桶師・宮本兵部、指物師・権七、塗師・池田源兵衛、左官・佐藤金十郎、絵巻師・助右衛門、植木師・権右衛門が有名な職人たちでした。

職人になるためには、現代と同じく、親方のもとで厳しく修行しなければなりませんでした。朝から夜まで雑用に精を出し、技術を習得していきます。親方は安価な労働力が手に入り、見習いは、労働力を提供して技術を学んでいったのです。

現在も残っている城下町は、先人の尊い知恵と技術が結集されてつくられました。この技術を伝えていくことが、我々現代人に課せられた使命なのではないでしょうか。

出典:弘前城物語 工藤英寿
つがる巷談 吉村和夫
私説 弘前城ものがたり-知られざる築城の謎-田澤正
弘前城築城四百年 城・町・人の歴史万華鏡 長谷川成一
弘前の文化財 弘前市教育委員会
(芳賀)