コラム第20話 津軽氏と政権を握る者との縁戚関係

  • 2013.06.21 Friday
  • 09:21
 弘前藩の始祖・大浦(津軽)為信は、祖父の大浦政信が関白・近衛尚通( 砲了劼
あるということを利用し、近衛家の猶子(◆砲箸覆辰得権を握る者と縁戚関係となる
ことで中央との結びつきを強化しました。

このこと以外にも津軽家では血縁関係を築いていますので、検証してみます。

1.津軽信枚(代藩主)の正室は徳川家康養女。側室は高台院()養女で石田三成の
3女。
2.津軽信政(4代藩主)の娘は松平信清(鷹司松平家3代当主ぁ砲亮次
3.津軽信寿(5代藩主)の正室は松平忠尚の養女(御家門イ琉譴帖法
4.津軽信寧(7代藩主)の正室は松平明矩の娘(御家門の一つ)。
5.津軽信明(8代藩主)の正室は松平朝矩の娘(御家門の一つ)。
6.津軽信順(10代藩主)の正室は近衛基前の娘。側室は徳川斉匡(田安徳川家Α砲
長女、次女。
7.津軽承昭(12代藩主)の継室(А砲牢愬鯑睛(─法Χ甕卉蛬罎量次L爾脇狙邉曾
の(尾張徳川家14代当主の11男)室。

以上のように弘前藩津軽家は中央政権との結びつきを強固なものとし、この血縁を利用し、
藩に与えた利益は計り知れないものがあります。


 銑┐寮睫
ゞ甕匆 摂政・関白となることができる5摂家の一つ。
⇒瓜辧覆罎Δ掘 家柄の良い家の義理の子なること。養子とは違い家督を継ぐことはない。
この場合は5摂家の一つである近衛家の義理の子となり藤原姓を本姓とし、
近衛家の家紋を使用することを許されます。
9眤羆 豊臣秀吉の正室(ねね)
ぢ觧幣省寝 5摂家の一つ鷹司家から徳川家へ娘がと嫁ぎ、その弟が親族として松平
姓を名乗ることを許されました。
ジ羃般 徳川将軍家、家康の兄弟や娘などの家系の大名・旗本。
ε聴惰狙邁 徳川御三卿(将軍家・徳川御三家に後継ぎがない場合、養子を提供して
いる)の一つ。
Х兌 正室の後妻(側室の繰り上げではない)。
内覧 天皇に渡される公式文書を事前に検閲する。

※ 松平家はいずれも徳川家の一族です。


    
-haru-