コラム第15話 津軽一統志

  • 2013.06.15 Saturday
  • 09:16

 「異聞録」によれば、南部奥瀬判九郎が油川に下って油川城の代官になったといわれています。取材のため油川城があったといわれる場所へいったのですが現在、油川城の痕跡はほとんどなく畑になっていました。近隣の住民に話を聞いてみた結果、土塁の跡を確認することができました。油川城は水田との比高10m程の低丘陵に築かれているため、遠くから見ると城のあった場所であったと認識できます。

 話は変わりますが、シナリオに登場する『津軽一統志』はいったいどのような書籍なのか調べてみました。津軽一統志は享保12年1727年(1727年)、弘前藩5代藩主津軽信壽(つがるのぶひさ)が重臣喜多村政方に命じて編纂が進められたといわれています。しかし、2年後に政方が急逝したために桜庭正盈・相坂則武・伊東祐則の3名が引き継いだそうです。彼らは藩内の旧家・寺社の古文書を蒐集するとともに、津軽為信の津軽統一に従った家あるいは為信と敵対して後に津軽氏に従った家に対して史料の提出を求め、その史料を元に制作していたと考えられます。
                                                     
(金さん)