コラム第2話 金売り吉次

  • 2013.06.02 Sunday
  • 10:17


 萩野台の合戦で敗れた十三藤原秀直の子とされる「炭焼き藤太」の伝説には、続きが
あります。

 炭焼き藤太と京・右大臣の娘・あこや姫との間には3人の男の子が生まれます。その
長男・吉次は「金売り吉次」と言われ、歴史に名を残すこととなります。
 吉次は単なる金を売る商人ではなく、奥州藤原氏3代秀衡に仕え、大蔵大臣兼外務大
臣の役割も果たしていました。藤太と吉次親子が奥州藤原氏の黄金文化を支えていたと
もいわれています。

 吉次の名を有名にしたのは、幼少の源義経(牛若丸)を京都の鞍馬寺から奥州へ導き、
秀衡に引き合わせたことです。
 その後、義経は兄・頼朝に命を狙われ、再び奥州を訪れることになりますが。
 吉次の伝説には他にもいろいろありますが、その一つとして、墓が2カ所存在するこ
とです。一つは福島県白河市白坂革籠の八幡神社に、もう一方は栃木県壬生町稲葉です。
どちらが本当の墓なのかは、全くの謎です。

 余談ですが、東北地方太平洋側で珍重される「きんき」というカサゴ科の美味な赤い
魚がありますが、別名を「きちじ」といいます。この「きちじ」は、あまり大きな魚で
はありませんが、とても高価な魚です。「きちじ」という名前は「金売り吉次」からき
ているのでしょうか?
参考文献 つがるの夜明け

                                            

-haru-