第28話 城下町 〜元寺町から新寺町へ〜

  • 2013.08.29 Thursday
  • 00:01

※新寺町マップ

 弘前城の東側にあった寺町が慶安2年(1649年)に起こった火事で焼失したため、現在の新寺町に移されます。新寺町には、真言宗、天台宗、浄土宗、日蓮宗など、様々な宗派の24カ寺が集まり、観光名所の一つともなっています。

 新寺町の寺院街にたたずむ貞昌寺。2代目弘前藩主・津軽信枚が創立したと伝えられていますが、為信の娘、富姫が創建したという説もあります。境内には、為信の側室であり、信枚の生母であった栄源院(えいげんいん)の墓、信枚の側室であった、荘厳院(しょうごういん)の墓も参拝することができます。

 そして、全国でも珍しい様式の一文字の庭、貞昌寺庭園も見ることができます。野本道玄がつくったとされるこの庭は、県指定名勝とされています。特に領内を縮小した構成になっていて岩木山や岩木川、津軽平野を模した縮景式庭園でさらに背後の山々を背景として取り入れています。


※新寺町にある天徳寺

 祀られている木造釈迦涅槃像は、お釈迦様が亡くなられた時の姿を現した、日本では珍しい横になった仏像です。涅槃で悟りを開くことを望む、お釈迦様の表情がとても穏やかです。寺宝である絹本著色当麻曼荼羅図(けんぽんちゃくしょくたいままんだらず)は鎌倉時代後期に制作されたもので奈良当麻寺の浄土図を模し4分の1の大きさであることから「四分一曼荼羅」と呼ばれています。絹本著色当麻曼荼羅図は作風に優れ制作当時の特徴をよく表しているものとして平成3年に青森県重宝に指定されています。

 新寺町では、弘前城とともに繁栄を遂げた城下町の風情を感じられる場所となっています。

出典 新編 弘前市史 資料編2(近世編1) P306(弘前市市長公室企画課)
   浄土宗月窓山栄源院貞昌寺提供資料

弘前城下町の職人

(芳賀)