南部編コラム7話 「戸(のへ)」の意味

  • 2013.07.07 Sunday
  • 13:33

南部の地名には他の地域には見られない、「一戸」から「九戸」までのように、数字に因んだ特徴的な地名があります。
これは、南部光行が糠部に9つの牧場を設けて、それを中心とした集落に一戸から九戸までの呼称を与えたことに由来しています。
これについてはいくつかの説があります。坂上田村麻呂が蝦夷征伐の為に北進して、前進基地を作り、そこに柵を設けました。
この周辺にいた原住民は「柵戸(きのへ)の民」と呼ばれた。
このことから、第一の柵が「一戸」、第二の柵が「二戸」というように意味づけられました。これらを総称して糠部といったとする説があります。
また「戸」は別に「門」という区分でもあり、一戸・二戸は南門、三戸・四戸・五戸は西門、六戸・七戸は北門、八戸・九戸は東門という区分に分けられている説もありますが、現段階では、どれが真実なのか不明ですが、一番有力な説が、坂上田村麻呂の説だといわれています。

参考文献 田子町史63P
(メガネ)