南部編第4話 恐山

  • 2013.12.04 Wednesday
  • 15:18
 青森県むつ市にある恐山。実際には恐山という名称の単独峰はなく、釜臥山をはじめとする外輪山に囲まれた宇曽利山湖一帯を総称して、恐山とされています。また、その形状から蓮華八葉(仏が座る蓮の花の弁が8枚であることから、仏教の聖地にたとえられています。)に例えられています。

※宇曽利山湖
  恐山菩提寺は、貞観4年(862年)慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって恐山金剛寺として開かれました。天台宗の修行道場として繁栄するも、康正年間(1455〜57年)に起こった蛎崎の乱の兵火によって焼失し一時衰退、根城南部氏の援助により、円通寺の宏智聚覚(わんちじゅがく)が釜臥山菩提寺と改めて再興したと伝えられています。
 むつ市史によれば、これらのことは、ほぼ後世に書かれたもので、推定に基づくものが多いそうです。
 恐山の由緒は、明確には特定できませんが、現在に至るまで信仰の対象とされています。

※恐山山門と地蔵
 なぜ、恐山は時代を越え、現在に至るまで霊場として存在しえたのでしょうか。
 恐山は、死と深く関わる場所です。恐山を訪れる多くの人は、死というものに、切実であれ興味本位であれ、答えを求めているのではないでしょうか。それも、自分の死ではなく、自分と深く関わった人間の死が対象です。そのような人の死は、残されたものの心に深く大きな動揺を与えます。もし、それが不条理なものであれば、なおさらです。感情は大きく揺さぶられ、自分の全存在をもってしても、耐えられないこともあるはずです。そのような人たちに寄り添う場所として存在するのが恐山であり、死者へ懺悔・悔恨・哀惜の情を受け止め、個人には重たすぎる現実を置いていける場所。それが恐山だと思います。
 東日本大震災後、多くの被災者が恐山を訪れているといわれています。行き場を失った死者への思いを受け止めてくれる場所だからでしょうか。

※恐山にある大きな卒塔婆
 運命・必然・因果、これらは全て人が作り出した摂理です。しかし、現実は偶然が支配しています。偶然の結果が人の生死を左右することもあります。その現実は、我々を正解のない思考の螺旋に引きずり込みます。恐山は、それを解決してくれる場所ではありません。ただ、その思考を受け止めるのです。ただ死者への思い引き受け、私たちがその重荷を背負うことができる日まで、ずっと待ち続けてくれるのです。
 恐山が時代を越え現在まで存在するのは、私たちの中にある死者への問題が、あらゆる時代の人にとって普遍のテーマであり、そしてつねに生者のそばによこたわっている証明なのかもしれません。

アラン・スミシー
出典
青森県の歴史散歩 p181〜p183
むつ市史 民俗編 p375
恐山 死者のいる場所 p53,p54 p62 p66 p74 p112 p119 p124 p186
禅の風 第四十号 p31
コラム 恐山観光