南部編コラム16話 南部利康霊屋

  • 2013.07.17 Wednesday
  • 11:49

 寛永8年(1631年)11月21日に24歳の若さで世を去った南部利康の死を悼み、父の南部27代利直が寛永9年(1632年)菩提寺である今の三光寺に創立したのが、南部利康霊屋です。利康は慶長13年(1608年)南部27代利直の4男として誕生し、申年の生まれなので「申千代」と呼ばれ、元服して「彦八郎利康」と称しました。同母兄の彦九朗政直からの書状に「おさる殿参る」と宛名が記され、また元和6年(1620年)の黒印状に「猿」と自署しているものがあり、自らも「猿」と称していたそうです。
 御霊屋は、江戸時代初期の豪華絢爛なる桃山建築の様式がそのままに取り入れられ、華麗なること東北随一と賞されています。昭和42年から3年にかけ、外回り大修理の際、覆堂を改築しましたが、それによって分かったことは、従来、板壁などは当地の産材の杉材と見られてきましたが、用材のすべてが檜材でした。しかも十分に乾燥した用材を使っており、全て木曾産の檜の良材であったといいます。しかも最高級の用材ばかりが選ばれて、当時としても希少価値の高い良材でした。領内の鹿角郡に金山が発見され、南部家の財力が最も豊かな時でしたので、金にあかして中央でこの用材を購入し運搬したと考えられています。昭和28年11月14日、国の重要文化財に指定されました。

出典:南部利康霊屋--南部氏と三戸--
                                                      (サト)