南部編コラム8話 南部の食用菊

  • 2013.07.09 Tuesday
  • 14:22


 青森県南の南部地帯一帯では、昔から黄色の食用菊の栽培が盛んに行われてきました。「阿房宮(あぼうきゅう)」と呼ばれる菊は、秦の始皇帝が築いた宮殿の名前です。日本人はもともと花を食用としており、江戸時代にはかなり大衆化していたそうです。食用菊というと、関東では刺身と一緒に盛られるつま菊が一般的ですが、東北地方では大ぶりな花びらを野菜の一種として食します。

 栽培のきっかけは、江戸時代に南部藩主が京都の九条家から観賞用として貰い受けたものを、南部町で栽培したところ、花に苦みがなく、芳香と甘味があり、シャキシャキとした歯ごたえが実においしく、食用として藩内に広められたと伝えられています。阿房宮の花は、初霜が降りる直前の10月下旬〜11月にかけて満開となり、その時、名久井岳に向かうゆるやかな斜面は黄色い絨毯で覆われます。菊は一つずつ鎌で刈り取られ、農家に運ばれた後は、花びらをむしる「菊ほかし」が続きます。

 賞味の方法は様々あり、さっと菊をゆでて軽くしぼり、おろし醤油で食べるおひたし。大根おろしとともにナマスにしたのが菊膾(きくなます)。生の花をむしり、大根おろしとともに煮た菊の味噌汁。そのほかにゴマ和え、クルミ和えにするほか、漬物にも使われます。伝統的な料理として見逃せないのは菊巻きです。一夜漬けにした人参や大根、高菜などで菊を巻きます。見た目にも美しい鮮やかな黄色は料理を引き立て、食欲をそそります。

 現在、食用として栽培されている菊は約60種類あります。山形県で栽培されている「もって菊」は食用菊の中でも一際目を引く紫色の大輪種です。香りや味、食感共に高く評価されている品種です。名前の由来は、「天皇の御紋である菊を食べるのはもってのほか」、や「もってのほか美味しい」ことから、「もってのほか」や「もって菊」と呼ばれているそうです。最近では不老不死につながるとされている食用菊、阿房宮は、美容・健康食品としても注目を集めています。

参考文献:歴史と伝説 南部昔語
 
          芳賀