南部編コラム18話 南部氏の一族〜北氏・南氏・東氏〜

  • 2013.07.21 Sunday
  • 11:19

北氏は、もとは剣吉氏といい、南部氏の居城・三戸城の北に居館(剣吉館、剣吉城)を
有していたため、北氏と呼ばれるようになったといわれています。北氏のほか、南部氏
一族の重鎮として南氏、東氏がおり、南氏の祖である南遠江守長義(又は信義)は、屋
敷が三戸城の南にあったため、南氏と称されるようになり、長義の次男・直勝は、九戸
氏側に付いて滅亡した七戸家国の居城・七戸城を主命により領して、新たに七戸氏を称
したといわれています。
 東氏は三戸南部14代当主・南部義政の子・東三郎信政を祖とするといわれています。
また、南部家の「三翁昔話」によれば、工藤祐経(曽我の仇討ちで有名)の子孫が奥州に
下向し、三戸郡名久井に居住。しかし、その孫の代に嫡子がおらず、甲斐国の南部からや
ってきた南部次郎行長を養子に迎えた。
 以後、この工藤家は三戸城の南部本家に仕え、名前も三戸城の東に居城していたことから
「東」氏を名乗ったといわれています。

参考文献 県別-日本の姓氏
メガネ